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郷土境町の香取神社と香取信仰

2019年03月03日 22:17

郷土境町の寺社信仰の特色は、利根川沿いの宮本町をはじめ香取神社が鎮座する地区が境町内に21地区もあることです。

香取神社は全国に約470社ありますが、多くは茨城県西部と埼玉県の利根川流域沿いに鎮座しています。利根川流域に集中している理由は、地域の人々が水運(舟運)の無事を祈願するため、本宮である下総国の香取神社から勧請(かんじょう)したからです。

 したがって、境町の各地区に香取神社が祀られているのは、境町が水運の町であることに加え、香取神社を「一宮(いちのみや)」として崇拝している下総国に属していたことが理由として考えられます。

千葉県佐原の香取神宮は、下総国の一宮(いちのみや)であるとともに、旧(かん)弊社(ぺいしゃ)(律令国家の神祇官や国府が管轄している(やしろ))としての歴史を有しています。祭神は武神の経津主神(ふつぬしのかみ)で、例祭は毎年4月15日に開催されています。また、宝物館には国宝であり日本三大名鏡の一つとして数えられる「海獣(かいじゅう)葡萄(ぶどう)(きょう)」が収蔵されています。

古くから香取神宮は、利根川をはさんで北に位置する常陸国の鹿島神宮とともに武神・軍神として源頼朝や徳川家康らの源氏一門に尊崇されていたと伝えられています。香取神宮が鎮座している地域が軍事的要衝の地になっていたことから、常陸国の鹿島神宮とともに大和朝廷の東国支配に重要な役割を果たしていたと考えられています。   

 (境町歴史民俗資料館 野村正昭)

 

経津主神(ふつぬしのかみ)は、奈良時代に編さんされた国史『日本(にほん)書紀(しょき)』の中で鹿島神宮の武神である武甕槌大神(たけみかづち)とともに葦原(あしはらの)中国(なかつくに)平定(へいてい)を成し遂げた神と伝えられています。

 

香取神社(宮本町)

  

 

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