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境の名所~お寺~ 般若院
2014年05月08日 01:57
第七番札所 大 悲 山 般 若 院 真言宗豊山派 境町志鳥1041
般若院は志鳥の平坦な田園のほぼ中央に広い寺域を擁し、地域の人々の心を癒す拠所として親しまれている。 ご本尊は地蔵観音、本堂の右手に朱塗りの観音堂がある。※第七札所の聖観世音菩薩はここに祀られている。 当札所の観音様は奈良時代の高僧、※行基菩薩の作と伝えられ、白木の一木造りで、長い歳月の間に両手が欠けている。このことから「手なし観音」と呼ばれている。昭和六十一年、造形の美しさと、由緒ある仏像として境町の文化財の指定を受けた。 手が無いことにあやかって、分娩の時、人手を借りずに安産する、と地域の人々に敬われている。 また、そのご利益を願って、年に2回、四月と八月の十九日二観音様へのご供養といって、地域の人たちが弁当を携え、寺に集まり、大鍋で巻繊汁を作り、観音様へ備え、一同で会食する。 当札所の観音様に伝わる縁起によると、鎌倉幕府に岡部六弥太という武将がいた。幕府の崩壊によって、奥州へ落ちのびる途中、志鳥の村長、源兵衛氏の畑に、それまで護持してきた観音様を埋めていった。 源兵衛は同じ場所だけいつも乾いているのを不思議に思い、そこを掘ってみると観音像が現れ、それを祀ったのが当札所の観音様、と伝えられている。
※札所…昔は巡礼した際、参詣した人の氏名や祈願の言葉を板に書いて打ち付けてきた。そのことから札を打ちつける所として、巡礼する寺を札所というようになった。 ※行基…和泉国(現大阪府)に生まれ、僧となり、諸国を行脚して説法をした。また、寺院の建立、道路の修理、堤防の築造、橋の架設、貯水池の設置などに努めた。聖武天皇の帰依を受けて大仏造営にあずかり、大僧正位、さらに大菩薩の号を与えられた。 |
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