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境の名所・史跡 ⑤ 「穴辺(あのべ)恋し、穴(あの)辺(べ)恋し」と響く、流転の古鐘
2017年06月10日 10:46沓掛県道を沓掛方向へ向かったところ、伏木穴辺地、通称「あかっ坂」を上がる手前左側に竹林が生茂っている。この一帯が、今から562年以前、室町時代の頃、大照院の末寺であった「星智寺」が創建されていた。
現在は、廃寺となり跡地には文化2年(1805)の「穴大邊講中寄進」の「真言供養塔」が建てられてある。当時この寺に、埼玉県岩槻で鋳造された古鐘があった。
伝説によると、当初鋳造された古鐘は、1387年に平林寺(岩槻市)の撞鐘として、大檀那の沙弥薀澤なる人物によって当寺に奉納された。次に、この古鐘はいつの時期か
平林寺から加須市慶運寺に移られたと追銘されている。そして1455年、古河公足利成氏の命により、猿島軍勢青木左近将監(伏木)他三名等奉公・奉行衆は武州へ出陣する。その時、武蔵国慶雲寺の撞鐘を奪い取り、「星智寺」に奉納したと伝えられている。
古鐘はのちの1573年に下妻城主多賀谷重経軍勢におって星智寺と民家が焼打ちされた時に奪われ、奪われた時の古鐘は現在、大宝八幡宮(下妻市)の鐘桜堂に納められている。
鐘をつくと「穴辺恋し、穴辺恋し」と響き渡る「流転の古鐘」と云われている。 (文責 郷土史家 中村正己)
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