~ We Love Sakai ~ 


境町の胡牀庵青空子という画人

2019年10月13日 19:44

その1。

その2。

その3。

 

 

その1。

 「きんもくせい」では、これまで境町ゆかりの画人「粛粲寶※1」に注目し、取り上げてきました。

 また「さかい女性ネット」では2度に亘り粛粲寶唯一の弟子と言われる中山正男さん(胡牀庵青空子※2)を講師に迎え「粛粲寶と青空子の世界」講座を開催いたしました。

 わたし達スタッフは何度も中山さんのお店(幸松屋時計店)に出向き、お話を伺ってきましたが、粛粲寶の話はもちろんのこと、中山さん自身に関わる話も大変興味深いものでした。その中山さんの話を「きんもくせい」読者の皆様とシェアしたく何回かに亘り掲載していきます。

 

 中山さんは昭和15年生まれ。小さい頃から絵が好きで、近所の塀に石で絵を描いては怒られていたそうです。そして6歳で芸術家を志しました。小学校で郡展3席に入賞。

 その頃、静物の絵で花瓶の向うの背景を半分ずつ色を変えて描き分け、先生に注意されたそうです。当時にしては、まして小学生にしては斬新過ぎたのでしょうか。

 中学生では納税ポスターで知事賞を貰うなど6歳の頃の志し通り、芸術家への道を進んでいきます。

 

 

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その2。

胡牀庵青空子(※1)こと中山正男さんは10代後半より宇都宮で時計技師として働き始めます。

そして、幼い頃の志し通り、美術教師である片倉幸男氏の紹介で三軌会(美術家団体。元会員。のちに退会)というグループに所属して絵画にも打ち込みました。

あるとき宇都宮で「栃木県展」に入選した自分の絵を見ていた折に、福田四郎氏(※3)に声を掛けられて福田氏の元に4年間通いました。その間東京都美術展にも入選。家業の「幸松屋時計店」を継ぎ、24歳で結婚します。

頑固なほどまっすぐで芸術家の中山さんを支えるのは大変だろうな、と女性である筆者は思ってしまいますが、奥様はいつもにこやか。昨年伺ったときはお二人で梅酒を漬けていました。素敵なご夫婦です。

 中山さんは境町商工会副会長として町にも貢献してきました。家業と三軌会、商工会の仕事で忙しい時期でした。

次回は運命の人、粛粲寶(※1)との出会いです。       (つづく)

 

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その3。

中山さんが25歳の時に東京で道に迷い、偶然銀座の三越での粛粲(しゅくさん)(ぽう)画伯(以後粛粲寶※)の画展と出合いました。粛粲寶の絵は当時でもたいそう高価なものでまだ若い中山さんの手に届くものではありませんでした。そこで封筒に10万円を入れて「マッチ箱くらいの大きさでも良いので書いて下さい」と頼みました。もちろん驚いた粛粲寶から電話がきましたが、数か月後に立派な軸装をした童子の絵を描いてくれました。

それから中山さんは毎週東京久我山の粛粲寶の自宅まで通い、中山さんが行かない日は心配して電話が来るほどの信頼関係になっていきました。

昭和57年粛粲寶より「胡牀庵青空子」の雅号を賜りました。「胡牀」とは中国の携帯する椅子のことで、どこでも座れるように、また時計店の「幸松屋」にかけたものだとか。「青空子」は中山正男さんの名前(まさお→まっさお→青空)だそうですが、空のように計り知れないと言う意味もあったようです。

ある日、粛粲寶の足の浮腫みに気が付いた中山さんはすぐに北里大学病院に連れていき、そこで入院の保証金を払う書類の続柄に迷い、粛粲寶に聞いたところ「知友」と書けと指示されました。病院側も驚いたようです。「知友」とは互いに理解しあっている友のことで、粛粲寶の中山さんに対する信頼がわかりますね。

病気になった粛粲寶は中山さんの側に住みたいと平成元年境町に転居。同年萬蔵院で「粛粲寶・青空子二人展」を開催。

粛粲寶はその後入退院を繰り返しました。中山さんの奥様が中山さんに「あなたは先生の面倒をみなさい。あなたの親はわたしがみるから」と言ってくれた言葉が今でも忘れられないそうです。粛粲寶は平成6年に死去。中山さんと粛粲寶はまさに結縁と呼ぶに相応しい仲だったようです。

令和2年3月(予定)に粛粲寶の作品等、常時数十点を展示するギャラリー「S-Gallery(仮称)」が完成するそうです。待ち遠しいですね。

 

 

※1 粛粲寶
明治35年新潟生まれ。独自の画境を極めた日本画家。平成元年東京久我山より中山さんを頼り境町に転居。平成6年91歳で死去。
※2 胡牀庵青空子
昭和15年生まれ。境町在住の日本画家、陶芸家、篆刻師。幸松屋時計店経営。境のだるま市のポスターやマンホールのデザインを手がけている。
※3 福田四郎
   日本水彩画会。那須御用邸の絵画を作成。

 

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平成31年度新春の集い「霊峰青富士」

 

 

 

 

 

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